食品・薬品

安全性研究ニュース

第50号



目次
  1. ダイオキシンと内因性エストロゲンの相互作用によるラット胎児前立腺形成阻害
  2. PCB周産期曝露を受けたラットの神経行動学的異常の有無
  3. 環境濃度のダイオキシン長期曝露がニジマスの生存,成長,繁殖,生化学反応に及ぼす影響
  4. ヘルスケアワーカーのラテックスアレルギーに対する免疫療法
  5. ラテックスアレルギーに対して高リスクを持った患者におけるラテックス回避予防法の有効性−5年間の追跡調査−
  6. イギリスの印刷会社における職業性皮膚疾患の罹患率
  7. 喫煙と肺癌―化学的メカニズムとその予防の手掛かり
  8. 豚肉汁中の抗サルモネラ抗体の検出における化学蛍光免疫法の基準手法である間接ELISA法との比較
  9. 水銀中毒研究の現状と新しい視点




ダイオキシンと内因性エストロゲンの相互作用によるラット胎児前立腺形成阻害
2,3,7,8-Tetrachlorodibenzo-p-dioxin interacts with endogenous estradiol to disrupt prostate gland morphogenesis in male rat fetuses

Key Words : 2,3,7,8-Tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD)/前立腺発生/子宮内着床位置/テストステロン/エストロゲン/ラット

 2,3,7,8-Tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) がヒトの健康にどの程度まで影響を及ぼすのかは明らかではないが, TCDD に毒性のあることは, 現在では広く知られるところである. 胎児が TCDD 曝露を受けると, 雄の生殖器系の正常な発達が阻害されることが, ラットおよびマウスの実験で報告されている. これまで著者らのグループでは, 多胎動物のラットやマウスを用いて, 両側に雌胎児が着床していた雄胎児では血中エストロゲン濃度がそうでない雄胎児に比較して高くなり, 出生後に前立腺が大きくなることを示してきた. また, 前立腺が大きくなる現象は, 胎児期にエストロゲン活性を有する医薬品やプラスティック, 殺虫剤などの外来性化学物質の曝露を受けたマウスでも報告されており, 胎児期におけるエストロゲン環境の変化が出生後の前立腺の大きさに影響を及ぼすことが示唆されている. 本研究において著者らは, TCDD 曝露が雄ラット胎児の泌尿器系 (尿管, 前立腺および精嚢) の初期発生に及ぼす影響を胎児の子宮内での着床位置の相違に基づいて検討した. すなわち, Holzman 系妊娠ラットの妊娠15日に TCDD を1μg/kg 経口投与し, 胎児における前立腺芽の初期形成が完了する妊娠20日に帝王切開し, まず, 雄胎児について, 雌胎児に挟まれて着床していたもの (2F), 雄胎児に挟まれて着床していたもの (2M) および雌雄の胎児に挟まれて着床していたもの (1MF) に分類した. これらの雄胎児は, 血中ホルモン濃度を測定し, 前立腺芽の数と大きさならびに精嚢の大きさを3次元再構築コンピュータシステムを用いて検討した.
 母動物が妊娠15日に溶媒投与を受けた対照群では, これまで著者らが発表したのと同様に, 2F 雄胎児は 2M 雄胎児と比較して血中エストロゲン濃度が高く, 前立腺が大きくなり, 2M 雄胎児では, 2F 雄胎児と比較して血中テストステロン濃度が高く, 精嚢が大きかった. TCDD 曝露群の血中エストロゲン濃度は, 対照群と比較して 2F あるいは 1MF 雄胎児において低く, 2F 胎児の泌尿生殖洞の形態計測では, 凝固腺へと分化する脊側頭部ならびに前立腺芽の背部および外側部の大きさが小さくなり, これらの領域における前立腺芽の数が減少していた. 一方, 2M の胎児については, 精嚢の大きさは TCDD 曝露によって小さくなったが, 2F 胎児でみられたような前立腺芽に対する影響は認められなかった. これらの結果から, 著者らは, 個々の胎児のおかれたステロイドホルモン環境が, 発生過程にある前立腺の TCDD 曝露に対する反応性に影響を及ぼすと結論している. また, 著者らは, TCDD の前立腺の発生に対する影響は, 血中エストロゲン濃度の低下に一部由来しているのではないかと示唆している.

注―食品薬品安全センターでの実験では, ラット胎児の子宮内位置による雄副性器発達の差は認められなかった (長尾ら).

Toxicological Sciences 67: 264-274 (2002)
Timms BG1, Peterson RE2, vom Saal FS3
(1South Dakota 大学 医学部 基礎医生物学科, Vermillion, SD, 2Wisconsin 大学 薬学部, Madison, WI, 3Missouri-Columbia 大学 生物科学科, Columbia, Missouri, USA)



PCB周産期曝露を受けたラットの神経行動学的異常の有無
Neurobehavioral assessments of rats perinatally exposed to a commercial mixture of polychlorinated biphenyls

Key Words : 機能観察試験/注意力/学習/運動量/コカイン/慣れ/ハロペリドール/PCB類/Aroclor 1254/周産期曝露

 PCB 曝露事故 (油症) の調査で各種の行動異常児が出生した. 動物実験でも PCB の神経毒性が報告されている. この研究では, PCB 類の発生毒性研究の一環として, Long-Evans 系母ラットに, 妊娠6日から分娩後21日まで分娩日を除く毎日, 市販の PCB 混合物である Aroclor 1254 (A1254) 1.0 あるいは 6.0 mg/kg をコーン油に混合して経口投与し, 出生児の神経行動学的影響を定量的に解析した.
 発育期の生後17, 28, 43, および65日に機能観察試験 (FOB) と自発運動量測定を行った.生後73〜77日または生後81〜85日に, 運動量を指標とした「慣れ」の検査を行った. 次に, 動物に給餌制限を課し, 約2週間をかけて元の体重の85%まで体重を落とし, 以後その体重レベルを保つよう給餌量を調整し, 生後112〜137日に, まず, レバーを押すと餌が供給されることを学習させ, 次に, 視覚信号 (点灯) 認識レバー押し給餌の規則を学習させ (第1学習), さらに, 電球を動物から見えないところに移動して同様の学習をさせた (第2学習). 生後4.5〜8か月の間に第2学習まで行い, 生後9〜12か月, 動物の持続的注意力を検査するため, 視覚信号を非常に短くし, しかも不規則な間隔で発せられるように設定し, 動物のレバー押しの正答率を調べた. さらに, 生後17〜19か月にこの試験を行い, 視覚刺激として用いる電球の明るさを次第に落としていき, 正答率から視覚刺激を識別できる閾値を求めた. 最後に, 生後22〜24か月にコカイン (0〜5.00 mg/kg) およびハロペリドール (0〜0.0030 mg/kg) を皮下投与して行動薬理学的検査を行い, 中枢神経系におけるドーパミン作動性神経の投射の程度を調べた.
 A1254 の 6.0 mg/kg 曝露は哺育期間中における雌雄出生児の生存率を低下させ, 体重増加を抑制したが, 自発運動量に影響は認められず, その他の検査項目についても一過性の僅かな変化が認められたのみであった. さらに, 運動量を指標とした慣れの検査, 視覚信号認識学習, あるいは持続的注意力についても A1254 曝露の影響は認められなかった. また, ハロペリドールによる注意力の低下に対しても影響は認められなかった. コカイン投与は警告ブザーの回数を減少させ, A1254 曝露群における程度は対照群より大きかった. しかし, この変化と A1254 の曝露用量との間には明瞭な用量反応の関係は認められなかった. このように, 出生前後における市販 PCB 類混合物の曝露は, 発育期および成熟期に実施された行動試験成績に非常に僅かな影響しか及ぼさなかった.

Toxicological Sciences 68: 109-120 (2002)
Bushnell PJ1, Moser VC1, MacPhail RC1, Oshiro WM1, Derr-Yellin EC2, Phillips PM1, Kodavanti PRS2
(米国環境保護庁 国立健康環境研究所 1神経毒性部, 2細胞分子毒性部, Research Triangle Park, NC, USA)



環境濃度のダイオキシン長期曝露がニジマスの生存,成長,繁殖,生化学反応に及ぼす影響
Effects of chronic dietary exposure to environmentally relevant concentrations of 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin on survival, growth, reproduction and biochemical responses of female rainbow trout ( Oncorhynchus mykiss )

Key Words : EROD/魚/生殖/ダイオキシン

 ダイオキシン (ポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン) と関連物質 diaromatic hydrocarbons (HDH) は, 魚類の繁殖能に影響することが報告されており, HDH の中で TCDD が最も強力である. HDH による魚類の病気のうちでは, blue sac syndrome と五大湖淡水マス, ニジマスの早死症候群 (early mortality syndrome; EMS) が注目されている. 北部バルト海サケの M74 症候群は, thiamine 欠乏症と考えられ, thiamine 投与で改善する. これらの疾病と組織中有機塩素化合物濃度との相関は確認されていないが, 魚の幼生期の死亡率はダイオキシン類と関係が深い. ニジマスの雌成魚に,放射ラベルした TCDD を 1.8, 18, 90 ng/kg 餌中に混入して, 300日間投与した. 投与期間終了時に産卵させ繁殖能を評価した. 投与 50, 100, 200日に4匹ずつ採取して中間検査を行った. TCDD は, 組織, 卵に用量依存的に蓄積し, 50〜100日で平衡に達した.生存率は用量依存的に低下し, 最終的な死亡率は対照群では2.9%, 1.8 ng/kg 群では14.3%, 18 ng/kg 群では25.7%, 90 ng/kg 群では42%であった. すなわち,無影響濃度は1.8 ng/kg 以下であった. この群では幼生の生存率にも影響があった. 肝小胞体 ethoxyresorfin-O-deethylase (EROD) 活性は, 250日以降各曝露群で中等度の増加が認められた. この結果は, 現在の環境濃度程度の TCDD はニジマスに影響することを示す. また, TCDD の環境リスク評価では, 成魚に対する影響とともに, 幼生に対する影響も含める必要がある.

Aquatic Toxicology 59: 35-53 (2002)
Giesy JP1,2,4 Jones PD2, Kannan K2, Newsted JL3, Tillitt DE3, Williams LL3
(Michigan 州立大学 1動物学科, 2国立食品安全性・毒性センター, 3水産学・野生生物学科,4環境毒性学研究所, East Lansing, MI, USA)



ヘルスケアワーカーのラテックスアレルギーに対する免疫療法
Latex allergy: Towards immunotherapy for health care workers

Key Words : ラテックス/ラテックスアレルギー/免疫療法/ヘルスケアワーカー/脱感作

 ラテックスに対するアレルギーは, アトピーの増加, 患者や医師のアレルギーに対する意識の向上, エイズの影響でヘルスケアワーカー (HCW) によるラテックスゴム手袋の使用頻度が高まったことなどの要因が重なって起こった, 主として20世紀末の現象である. 手術時に用いるラテックス製品が原因で引き起こされるアナフィラキシーショックやバリウム注腸検査時の死亡事故のような重大事例の他, 喘息, 鼻結膜炎, 蕁麻疹および食物アレルギーもラテックスアレルギーとの密接な関係も明らかとなってきた. これは HCW におけるラテックスアレルギーに焦点を絞り, 免疫療法について, 現在までの情報を紹介し, さらに 今後の新しい治療法について述べたものである.
脱感作療法では, 17名の患者に対して最大耐量のラテックス抽出液を最初は隔週, その後月1回, 計12か月間継続して注射する方法で, 鼻結膜炎および蕁麻疹の症状は軽減したが, 喘息は軽減しなかった. ラテックスアレルギーには, 個別的治療が必要であり, ラテックスに対して高度過敏性の患者には脱感作治療が効果をあげる見込みがあるが, その反面アナフィラキシーショックや局所の副作用の危険性は避けられない. 中程度の過敏症の患者には, アレルゲンを回避することが大切であるが, その抗原を特定することは困難である. ラテックスは現代社会の日常生活のいたるところに存在するからである.
 ラテックスアレルギー患者の52%以上が果物や野菜に対してアレルギー反応を示し, これは一般の食物アレルギー患者のリスクの4倍である. 具体的には, バナナ, アボカド, キウイおよびクリなど20種以上の食品に対して交叉反応を示す. ラテックスの主要抗原のうち Hev b 6 (hevein) がこの交叉反応を引き起こす. Hev b 5 も重要なアレルゲンで, これらは親水性であるため, 容易に浸出し, 手袋のコーンスターチパウダーに移行する. HCW のラテックス感作経路は, 手袋についているパウダーを介した吸入によるものと手袋から直接経皮的に吸収されるもの両方と推測される.
 アレルギー治療法の1つとしてペプチドを用いた免疫療法がある. T細胞の抗原決定基のペプチドは, 細胞表面に吸着した IgE 特異抗体と結合することなく, T細胞を活性化して細胞免疫反応を調整する能力がある. Muller らは,の3つの主要なT細胞のホスホリパーゼA2 (PLA2) 抗原決定基混合物を5人のハチ毒アレルギー患者に皮下注射した. その結果, 全身性の副作用なしにアレルギー反応を抑えることが出来た. しかし, ネコアレルギーでは後になって非 IgE 型のT細胞由来の喘息が誘発されることが認められた.
 第二の方法としては, T細胞の活性は維持したまま, 細胞表面に吸着したラテックス抗原に対する IgE 抗体の結合を廃絶するものである. それは, 組換え抗原を巧みに処理して, その一次, 二次および三次構造を変化させることにより副作用を減らす方法である. ラテックスアレルギーと関連がある Hev b 5 の合計7つのアラニンを置換することにより IgE 抗体の結合を ELISA 法で100分の1に減少させることができ, さらに8つの抗原決定基にある合計14個のアラニンを置換すると4,500分の1に減少させることができた.

Clinical and Experimental Allergy 32: 667-673 (2002)
Sutherland MF1,2,3, Suphioglu C1,2,3, Rolland JM2,3, O'Hehir RE1,2,3
(Monash 大学 Alfred 病院, 1アレルギー, 喘息および臨床免疫科, 2病理・免疫科, Victoria, 3喘息協同研究センター, Sydney, Austraria)



ラテックスアレルギーに対して高リスクを持った患者におけるラテックス回避予防法の有効性−5年間の追跡調査−
Outcome of a latex avoidance program in a high-risk population for latex allergy - a five-year follow-up study

Key Words : ラテックスアレルギー/二分脊椎/予防法/水頭症

 天然ゴム (ラテックス) がアナフィラキシーを起こすことは約70年前に報告された. その原因が IgE が関与するアレルギー反応であると分かったのは約20年前である. 主な患者は, ヘルスケアワーカー, ゴム製品の製造従事者, および脊椎披裂や水頭症の患者であり, これらの患者の多くは花粉や食物に対してもアレルギー (交叉反応) を示すことが知られている. 今回ラテックス回避プログラムに従って治療した100人の水頭症の子供について5年間 (1995〜2000年) の追跡調査結果を報告する.
 1995年3月から1996年2月にかけて手術をした131人の水頭症または脊椎披裂等の患者についてラテックスアレルギーに関する検査を行った. その内41人をラテックスアレルギー患者と認定し, 医療注意カードを渡した. さらに, すべての患者やその家族, 患者に接触する麻酔士, 介護士, 手術医および歯科医, 家庭医さらに幼稚園や学校の先生に対して口頭または書面等で家庭での対策 (HP) および医療現場での対策 (MP) について説明指導を行った. すなわち, ラテックス含有製品のリスト (マスク, 手袋, コンドーム, 医療カテーテル, 吸入器, 風船, エアーマットレス, 衣服, おもちゃ, おしゃぶり) およびラテックスと交叉反応を示す植物および食品等を知らせ, またその代替品 (シリコン, ビニル, ライクラ等) を示した. このうち2000年に再調査ができた100人について, 各自が前述の対策に沿ってどの程度予防を心掛けたかに重点を置いて, その有効性を評価した.
 その結果, 1995年に陰性であった70人のうち, 64人は2000年も陰性であったが, 新たに6人が陽性になった. 一方, 1995年に陽性であった30人のうち, 9人は陰性になり, 11人は改善 (RAST 検査結果において, 少なくとも1ランク以上下がった) され, 7人は同レベル, 残り3人が悪化した. なお, 1995年の勧告に従って HP および MP 共に実施したのは100人中34人で, 改善は16人, 同レベルは6人, 悪化は3人であった. MP および HP とも実施しなかった患者28人で, 陰性のままは26人, 同レベルは1人, 新たに陽性になったのは1人であった. 改善が認められた20人の患者のうち, 16人は MP および HP とも実施, 1人は MP のみ, 3人は HP のみであった. 一方, 悪化した患者は9人おり, 3人は MP および HP とも実施, 5人は HP のみ, 1人は MP および HP とも実施しなかった.
 手袋をラテックス製からビニルまたはニトリル製に変える等の二次予防は, 有効な手段である. しかし, ラテックス回避を実際に行うことは困難であるという報告もあり, 事実 MP および HP で指導したにもかかわらずアレルギーが悪化したものもある. 今回の調査結果から, ラテックスに感作された患者においては 「予防」 が有効であることが明らかになった.

Clinical and Experimental Allergy 32: 708-713 (2002)
Reider N, Kretz B, Menardi G, Ulmer H, Fritsch P
(Innsbruck 大学 1皮膚科・性病科, 2一般外科 小児外科班, 3生物統計学・記録科, Innsbruck, Austria)



イギリスの印刷会社における職業性皮膚疾患の罹患率
The prevalence of occupational dermatitis in the UK printing industry

Key Words : 職業性疾患/皮膚疾患/印刷関連業

 イギリスの印刷関連業界は, 所属する企業が12,000社を超え, 17万人が就業する大きな産業分野の1つである. 著者らは, イギリスの印刷関連会社での皮膚炎が関係する職業性疾患の発生頻度および印刷工程や業務内容と疾患の関連を明らかにすることを目的とした.
 Nottinghamshire 在住の印刷関連業に従事する約2,600名を対象にアンケートを実施した. これらの回答者について, さらに皮膚科学的検討を行った.
 アンケートの回答率は62% (1,500件) であった. 1,189名が直接的に印刷業に関わっており, そのうち25%が前工程, 46%が印刷工程, 42%が仕上げ工程に従事していた. これら, 1,189名中490名 (41%) が皮膚疾患の経験を訴えており, 男性が高い罹患率を示し, 印刷工程に従事して, 特にローラーやシリンダーの清掃あるいは日常業務としてイソシアネートを含有のインク, ラッカーや接着剤を扱っている男性で高かった. もっとも影響が現れる部位は, 指および指と指の間, 次いで手の甲であった. 490名のうち26%は, 現在も手に何らかの症状を抱えており, 掻痒感 (61%), 発疹 (58%), 皮膚乾燥 (56%) が症状として自己申告された.
 回答者は, 印刷産業で使用している特殊な物質が症状を悪化させていると考えており, 頻繁な手洗いや摩擦も関係していると訴えた. 保護用品および洗浄剤の使用頻度は一般的に高く, 特に印刷工程従事者において高かったが, 疾患の率も高かった. 本研究において臨床での検証により高い罹患率を確認し, 報告されなかった軽度の症例における実質的な比率を決定した. また職業的に関連性のある皮膚疾患の全罹患率は40%と評価され, 通常の調査で認められるよりも高い罹患率を示した. 臨床的な検査による自己申告の疾患の確認は必須の作業と考えられた. 化学物質が原因でない皮膚疾患の重要性が明らかとなった. 今回得られた結果から, 疾患を減じる効果的で受け入れ可能な対策は, 作業において水との接触を減らすことに加えて, 摩擦や刺激を減らすことである.

Occupational and Environmental Medicine 59: 487-492 (2002)
Livesley EJ1, Rushton L2, English JS3, Williams HC3
(1王立施療院, Grays Inn 部門, 北 London 癌ネットワーク, MacMillan 情報プロジェクト, London, 2Leicester 大学 環境・衛生研究所, Leicester, 3Queens 医療センター 皮膚科, Nottingham, UK)



喫煙と肺癌―化学的メカニズムとその予防の手掛かり
Cigarette smoking and lung cancer: Chemical mechanisms and approaches to prevention

Key Words : 喫煙/肺癌のメカニズム/PAH/ベンツピレン/イソチオシアネート/ミオイノシトール/肺癌の予防

 肺癌は世界中で最も一般的な癌であり, その約87%は喫煙が原因である. また, 喫煙は他の癌とも関連があり, 先進国の全癌死の30%は喫煙が原因である. 従って, 癌予防の最も効果的な方法は禁煙である. 米国では1965年の成人の喫煙率は42.4%であったのが1990年には25.5%に減少し, それに伴って男性の肺癌死は減少した. しかし, それ以降の喫煙率は横ばいである.
 紙巻タバコの煙中には約4,000もの化学物質が同定されており, その内60種以上が発癌物質として IARC に認定されている. 中でも強い発癌性を示す物質は, 多環芳香族炭化水素 (PAHs), N-ニトロソアミン (NA) および芳香族アミンであるが, タバコ1本当たりの含有量は約5〜200 ng と少量である. 量の多いものはアルデヒド類や他の揮発性有機物で, ベンゼン, ブタジエンが代表である. これらは1本当たり 10〜1,000 μg 含まれている. 肺癌と最も関連が強いと考えられているのは PAH であるベンツピレンとタバコ煙特有の NA である 4-(methylnitrosamino)-1-(3-pyridyl)-1-butanone (NNK) である.
 発癌物質が摂取されると, チトクローム P450 で酸化されて水溶化性となり, 排出されやすくなる. これはさらに第2相酵素群により抱合解毒され, 最終的に体外に排出される. しかし, P450 によって代謝されると一部は発癌性を有する物質となり DNA と反応して DNA 付加物を形成するが, 代謝活性化と解毒化の程度には個体差があり, 発癌のリスクは個人によって大きな差がある. また, DNA にはその付加物を除去して元に戻す修復機能があるが, 一部の DNA 付加物は修復されずにそのまま残り, それが遺伝子突然変異の原因となり, RAS などの発癌遺伝子を活性化したり, p53 などの発癌抑制遺伝子を失活したりする.
 NNK は, げっ歯類の肺に対する強力な発癌物質であり, NNK に高感受性の F334 ラットでは, 投与総量 1.8 mg/kg という低用量でも肺癌を誘発し, これは喫煙者が生涯で摂取する NNK の総量 (約 1.1 mg/kg) に相当する. NNK の主な代謝経路は, NNK のカルボニル基がアルコールとなって 4-(methylnitrosamino)-1-(3-pyridyl)-1-butanol (NNAL) となり, さらにグルクロン酸抱合されて尿中に排泄される. 1週間禁煙したヒトの尿中の NNAL および NNAL glucoronides の量を測定したところ, 禁煙前の34.5%がまだ検出された. 一方, コチニンは1.1%に減少していた. このことは, NNK や NNAL は肺の受容体に対して強い親和性を持つことを示し, これが肺癌の誘発と強い関連性があることと考えられている.
 タバコの煙に含まれているもう一つの強力な発癌性物質であるベンツピレンは, げっ歯類に扁平上皮癌を誘発することが知られているが, 1933年以降コールタールやばい煙中に含まれている発癌物質として職業上の発癌との関連から多くの研究がなされてきた. ベンツピレンは, 各種の P450 の触媒作用によってさまざまな反応産物を形成するが, それらの多くはやがてグルタチオン-S-転移酵素 (GSTM1) により解毒化されて体外に排出される. しかし, その一部は反応性の高い中間代謝物である7,8-ジオール-9,10-エポキシドとなり DNA 付加物を形成する. しかし, ベンツピレンの代謝に関与している CYP1A1GSTM1 には多型や変異型が存在し, 代謝から解毒に至る経路も人種および個人によって大きな差がある. なお, GSTM1 が欠損している喫煙者は肺癌のリスクが高いといわれている. これらのことから, 発癌に対するリスクを評価 するには, 発癌物質の代謝に関与する遺伝子型や表現型を含めた活性から解毒までを包括的に調査する必要がある.
肺癌の化学的予防とは, 化学物質を用いて, 遺伝子の損傷を遅延, 阻止し, さらに防御機能を活性化することによって肺癌の発生を遅らせたり, 停止または正常に復帰させることであるが, 未だに効果的な物質は見つかっていない. 疫学調査では, 野菜に肺癌のリスクを減少させる効果があることが知られていることから, アブラナ科の野菜のブロッコリー, カリフラワー, キャベツ, マスタード, クレソンに豊富に含まれるイソチオシアネートおよびマメ類, 穀物およびナッツに多く含まれているミオイノシトールに注目した. その結果, フェネチルイソチオシアネートは, げっ歯類の NNK 誘発肺癌に対し, 肺の P450 活性を阻害して pyridyloxobutyl-DNA 付加物を減少させた. また, クレソンに豊富に含まれているフェネチルイソチオシアネートは, NNK の代謝活性および P450 活性を抑えた. フェネチルイソチオシアネートは, げっ歯類の NNK 誘発発癌を強力に抑制するが, ベンツピレン誘発肺癌に対しては効果を示さなかった. しかし, ベンジルイソチオシアネートは, P450 活性を阻害し第2相酵素群を活性化することにより, マウスの肺の DNA 付加物を減少させる. そこでフェネチル‐およびベンジル‐イソチオシアネートの混合物をマウスに混餌摂取させた結果, ベンツピレンおよび NNK 誘発肺癌の抑制した. また, 疫学調査の結果においても, イソチオシアネートを多く含んだ野菜を継続的に摂取することにより肺癌のリスクが減少した. さらに, ミオイノシトールは, ベンツピレン, NNK および両者を混合した物に起因した肺癌に対して効果があることも分かった. しかし, 今まで述べてきた化学的予防には限界があること, また臨床でこれらを明らかにしていくなどの問題が残されており, タバコに関連した癌の予防の第一はなんと言っても禁煙である.
 喫煙者が肺癌になる確率は20%であるが, 発癌物質の代謝の表現型には大きな個体差があることから, その影響を受けやすい喫煙者を識別することが可能になればより効果的な禁煙運動に結びつくばかりでなく, 有効な化学治療が可能になる.

The Lancet Oncology 3: 461-469 (2002)
Hecht SS
(Minnesota 大学 癌センター 癌予防学, Minneapolis, MN, USA)



豚肉汁中の抗サルモネラ抗体の検出における化学蛍光免疫法の基準手法である間接 ELISA 法との比較
Chemiluminescent immunoassay in comparison with the indirect ELISA as reference method for detecting Salmonella antibody in swine meat juice

Key Words : サルモネラ抗体検出/化学蛍光免疫法/肉汁/豚

 ドイツでは, 動物を起源とした食材 (食肉) によって起こるサルモネラ感染症の防止を目的とする調査を開始しており, そのモニタリングの一環として従来の培養法よりも高感度な検査法である酵素抗体法 (ELISA 法) のような血清学的手法による肉汁の検査を実施している. ELISA 法の他には, 抗原−抗体反応にルミノール発光を組み合わせた化学蛍光免疫法 (CLIA法) が挙げられる. CLIA 法は ELISA 法と比較して, 反応停止試薬を必要としない, 実施時間が短い, 相対的に安全な試薬を用いるといった利点がある.
 本論文では, 屠殺豚の肉汁中に存在する抗サルモネラ抗体の検出における CLIA 法の有効性を間接 ELISA 法 (BgVV 法) と比較検討した.
 ドイツ国内の異なった検査施設より得た肉汁987検体についてスクリーニングを行った結果, 両測定方法間における20%カットオフ時の kappa 値が0.824, 40%カットオフ時の kappa 値が0.798と良好な成績を示した. 20%並びに40%カットオフ時における ELISA 法の CLIA 法に対する検出感度は, それぞれ96.2%, 97.3%で, その特異性はそれぞれ94.6%, 95.1%であった. ELISA 法において検出される2種類の大腸菌及びエルシニア属菌に対する特異性並びに交差反応性について LPS 抗原を用いて検討したところ, CLIA 法ではこれらとの交差反応性は認められなかった. これらのことは, 免疫反応の異なった限度範囲によるものと思われる. ELISA 法は CLIA 法に比べると高感度であるが, 両者の比較結果から非特異的な反応性を有する可能性が示唆される. さらに CLIA 法は, ELISA 法と比較して1,000倍の測定領域を有しており, 抗体価の高い肉汁については ELISA 法での検出は困難である. しかしながら, ELISA 法において陽性と判定されるが CLIA 法では陰性と判定される検体も多く存在している. スクリーニングにおいて陽性とされた検体を用いて抗体価との相関性を検討したところ, CLIA 法では, スクリーニング結果と抗体価間で高い相関性を示した. さらに, CLIA 法と市販されている2種の ELISA キットの比較を行ったところ, 同様の傾向が認められ, CLIA 法でより広い検出範囲を示した.
これらのことから, CLIA 法は屠殺豚の肉汁中に存在する抗サルモネラ抗体の検出に参照手法として使用することができるものと考えられた.

Berliner und Müchner Tierärztliche Wochenschrift 115: 369-380 (2002)
Zamora BM, Hartung M
(ドイツ連邦 消費者健康研究所 (BgVV), Berlin, Germany)



水銀中毒研究の現状と新しい視点
The three modern faces of mercury

Key Words : アマルガム/エチル水銀/水銀/メチル水銀/チメロサル

 本総説では, 既報の総説とは多少切り口を変え, これまでの関連論文をもとにして公衆衛生上注目される3種の水銀化合物の問題 (魚のメチル水銀, ワクチン上に添加されたチメロサル, 歯科材料用アマルガムからの水銀蒸気) を中心に, 特に一連のヒトでの水銀の曝露過程, 体内への蓄積ならびに毒性発現機序などに関する研究アプローチについて考察し, 研究の方向性を示している.
 魚を介したメチル水銀のヒトへの曝露は歴史的に有名で, 体内分布の特徴についてはよく研究され知られているが, その体内動態ならびに細胞内への輸送や代謝のメカニズムの解明研究は十分になされていない. 例えば, 水銀の主排泄経路については成人の場合糞であることが分かっている. しかし, 腸内細菌叢の発達程度が確認されていないため, 乳児では母乳摂取によるメチル水銀の体内累積量の評価ができない状況にある. こうしたことが, 臨床上, ワクチン中のチメロサルのリスク評価ができない要因となっている.体内からのメチル水銀除去には, 腸内細菌叢の発達の程度が律速となっていると思われるが, 現段階では腸内に存在する細菌種や炭素と水銀の結合を切るメカニズムはよく分からず, また, 水銀排泄に関して離乳時期の食事に含まれる繊維の役割についても十分研究されていない. さらに成人において, 何故, 生物学 的半減期が著しく長いのか究明すべき課題も残っている.
水銀の細胞内輸送機序はすでに明らかにされ, 特定のチオールと複合体を形成したメチル水銀は分子量の大きな中性アミノ酸を坦体として細胞内に輸送され, グルタチオンを担体として排出されることが知られているが, どのようにして毛包にメチル水銀が集まり, 血中濃度の百倍もの濃度になるのかは, まだ十分研究がなされていない. 毛髪中の水銀濃度は生物学的指標にされているので, 非常に重要な基礎的な研究課題である. もし, 血液―脳関門の内皮細胞に知られているようなメチル水銀を取り込む仕組みが働いているならば, 毛髪中の水銀濃度は脳内の血中濃度を表わしていることになり, 毛髪中の水銀レベルと脳内レベルとの相関もうなずける.
 メチル水銀による神経系の障害発現の主役は, ヒトでは無機水銀であると考えられており, また, 神経障害発現までの長い潜伏期間については, 体内でメチル水銀が無機水銀に変換する速度がかなり遅いことで説明されている. しかし, 動物実験では有機水銀が毒性発現本体とされており, また, この潜伏期間の長さには用量依存性は認められていない. したがって, この潜伏期間を生じさせる毒性本体の代謝活性物質の生成とその蓄積性を確認する必要があり, また, その生体内での機序が明らかにできれば, これまでよく分からなかった毒性発現のミステリアスな部分がより明白になると思われる.
 一方, メチル水銀による副作用について, 成人ならびに胎児期に曝露した子供での心血管系の障害が報告されているが,この副作用を発現させる水銀レベルは中枢神経系への影響を示す最低レベルに近いものであり, もう少し被検者の層を広げてこの副作用との因果関係を追究する必要がある.
 チメロサルの毒性研究は, 不足している最新の情報を取り入れながら, 幅広い視点からの実験計画をたてて進める必要があり, また, チメロサルはメチル水銀と比べ無機水銀への変換速度や排泄速度が非常に速く, 体内動態は両者で若干異なる所はあるものの組織への分布は類似している. また, その毒性は本質的にはメチル水銀と同質なので, メチル水銀のヒト, 特にワクチンを接種した幼児での健康へのリスク評価の考えなども考慮に加えて実験の計画をたてることが重要である. チメロサルについては, 幼児がワクチンを繰り返し接種された時の脳内への蓄積と健康へのリスク評価が特に重要となる. チメロサルがメチル水銀と異なる点は, 神経系に障害を与える用量と同レベルの用量で腎臓に障害を与えることである. この違いは, 腎毒性発生主体である無機水銀の生成速度がチメロサルのほうが著しく速く, 急速に腎臓から排泄されることで説明が出来る. このように, メチルとエチル水銀の研究においては, 神経系への影響のみならず腎−心循環系への影響についても検討しなければならない.
 歯科材料用アマルガムから水銀蒸気がでることが30年程前から指摘されており, その流出量や流出速度への影響因子などに関心が集まった. アマルガムから揮散して生成する水銀蒸気由来による無機水銀の量は, 軽微な神経症状や腎毒性を引き起こすレベルよりずっと低いが, 禁煙用ガム使用時など激しく噛む時にはその尿中レベルは, 水銀蒸気の職場的安全限界に近づく. これまでの報告によると, 高度の曝露を受けた労働者の大規模な調査で, 末梢神経障害を起した者でも, 認知力障害を来したものはない. アルマガムから放出される水銀は, それらの労働者の曝露よりはるかに低量 (1/100 以下) であり, 歯科材料用アマルガムとアルツハイマー病との関連はないとされる.
 ある研究においては, 上述してきた3種のタイプの水銀に対しての細胞膜の抵抗性あるいは防御機序が注目されており, メチル水銀による成人脳の主病変は選択的毒性作用あるいは選択的抵抗性によって起こるのではないことを示唆している. その理由として, 脳細胞膜は外来物質に対しての防御機構を有しており, たとえば, グルタチオンは細胞内の感受性の高い部分へ水銀が到達しないようにしたり, 細胞内からの消失を速める働きをしており, 水銀による毒作用から細胞が守られている. さらに, メタロチオネンのような他のチオール化合物も無機水銀および有機水銀のいずれに対しても防御の役割を果たしているとされているが, 細胞の防御機構については, 細胞膜抵抗性を調節している遺伝子に関するより多くの情報を得る必要があり, それが得られれば細胞感受性差について遺伝的な面からの解釈ができるようになる.

Environmental Health Perspectives 110: 11-23 (2002)
Clarkson TW
(Rochester 大学医学部環境医学科, Rochester, NY, USA)