食品・薬品

安全性研究ニュース

第53号



目次
  1. 乳がんを誘発する環境要因の探索:ヒト乳房脂質と母乳中の変異原物質
  2. ビス(2−エチルヘキシル)フタル酸 (DEHP) のマウスにおける混餌投与による生殖毒性および神経毒性
  3. 糖尿病は大気汚染による健康被害を悪化するか?
  4. PM2.5と1日の死亡数の統計学的関係
  5. 大音響を聞きながらの覚醒アミン(エクスタシー)乱用が心臓微細構造の劇的変化を誘発する
  6. 喫煙による肺高血圧症の原因は,肺動脈における急速な遺伝子変化である
  7. 漢方薬の毒性:歴史から判ること
  8. 遺伝子組換えによるヒトリゾチームのイネへの発現
  9. ヘリコバクターピロリ胃感染を促進していると考えられる二つの化学受容体
  10. 先史時代のヒトと家畜の骨中カドミウムおよび鉛
  11. 歯科治療用金合金と接触アレルギー




乳がんを誘発する環境要因の探索:ヒト乳房脂質と母乳中の変異原物質
Mutagens in human breast lipid and milk: The search for environmental agents that initiate breast cancer

Key Words : 乳がん/乳房脂質/母乳/遺伝毒性/変異原性

Environmental and Molecular Mutagenesis 39: 143-149 (2002)

 乳がんは女性が罹る癌の20%を占め, WHO によると1996年には全世界で91万人の新規発生があったと推定されているが, はっきりとした病因は判っていない. 乳がんの病因論的研究で最大の驚異は地理的偏差であり, 西欧諸国は極東諸国に比べ5倍も多発している.
 乳腺腫瘍に認められる TP53 の変異スペクトルがこの病気の解明の糸口と思われる. これには外因性 DNA 損傷に基づくと思われている non-CpG 部位の変異 (塩基転換変異) が含まれていることから, 遺伝毒性物質が乳がんを誘発するという仮説が立てられている. また, げっ歯類の乳腺で発がん性が認められている多環芳香族炭化水素などの環境中発がん性物質は多くが脂溶性であり, ヒト乳房には脂肪組織が多く, その脂肪組織が血液から取り込んだ脂溶性発がん性物質をゆっくりと放出する貯蔵庫の機能を果し, 乳腺の導管および小葉の上皮細胞の発がんを誘発していると推測される. したがって, 本研究では, ヒト乳房脂質および健康な授乳中の母親提供の母乳を用いて遺伝毒性活性を有する成分の有無を検証した.
 健康な女性の乳房形成術で得たヒト乳房脂肪組織から脂質を抽出し, S. typhimurium TA98 と TA1538 を用いた変異原性試験, および MCL-5 細胞を用いた小核試験を実施した. Ames 試験では, ラット肝 S9 を加えた場合のみ, 40% (16/40例) の抽出脂質が変異原性を示した. 対照実験として行った牛肉脂肪およびコーン油抽出物は陰性であった. 小核形成は40例中17例で認められ, この2つの試験結果の関連性は統計学的に高い相関があった.
 以上のように相当の比率で健康な女性の乳腺脂肪組織抽出液が遺伝毒性を有することをうけ, ヒト乳腺上皮細胞の DNA 損傷の有無, および乳房抽出脂質の損傷誘発性をヒト乳腺上皮の初代培養細胞を用いコメットアッセイで調べた.その結果, 個人差はあったが何人かの健康人の乳腺上皮細胞で DNA 損傷が認められ, また, 自己の乳房抽出脂質で処理した上皮細胞では8例中5例でコメット軌跡の増幅が認められた. さらに, 乳房抽出脂質で C3H/M2 マウスの線維芽細胞を用いた形質転換試験を行った結果, 8例中4例が陽性反応を示したが, 他の変異原性試験と相関は認められなかった.
 次に母乳について調べた. 20例中6例の母乳が細菌の変異原試験に陽性反応を, MCL-5 細胞に小核を形成を誘発した. コメットアッセイでは, 13例が陽性を示した. 次に, 母乳中に剥脱した乳房細胞を回収し, 母乳抽出物によるこれらの細胞の DNA 傷害をコメットアッセイにより確認した.
 乳がん発症率と母乳の遺伝毒性の関係を調べるパイロット調査を行い, 乳がん発症率の低い地域 (香港, インド, シンガポール) の母乳試料のほうが高リスク国である英国で採取した試料より遺伝毒性活性が低かった. これらの結果は, ヒトの母乳が遺伝毒性のある物質を含むことを示しており, HPLC で分析した結果から, この遺伝毒性活性はイオン化した化合物によると推測された.
 さらに著者らは, 環境中発がん性物質がヒト乳房細胞の DNA 傷害を起こす可能性を知るため, げっ歯類乳腺に対する既知の発がん性物質である複素環アミン類 (HAAs) を用い, ヒト乳汁中剥離細胞による代謝活性を調べた. その結果, 細胞の HAAs 代謝活性は, 個体間でも物質によっても様々であったが, ヒト乳腺細胞は, 環境中発がん性物質を活性化し, DNA 反応性に変化させる数種の phase および phase の酵素を有することが判った.
 以上の結果から, 乳がんを誘発する環境中発がん性物質は, 代謝活性を必要とするイオン化した分子質量の低い脂肪親和性化合物と推測される. これらの物質の同定が乳がんの病因を解く鍵になるだろう.

Phillips DH, Martin FL, Williams JA, Wheat LMC, Nolan L, Cole KJ, Grover PL
(Haddow Laboratories, がん研究所, Surrey, UK)



ビス(2−エチルヘキシル)フタル酸 (DEHP) のマウスにおける混餌投与による生殖毒性および神経毒性
Reproductive and neurobehavioural toxicity study of bis(2-ethylhexyl) phthalate (DEHP) administered to mice in the diet

Key Words : 行動発達/ビス(2−エチルヘキシル)フタル酸/DEHP/迷路学習/マウス/活動性/生殖毒性

Food and Chemical Toxicology 40: 1499-1506 (2002)

ビス(2−エチルヘキシル)フタル酸 (DEHP) は, ポリ塩化ビニールやその他のプラスチックの可塑剤として用いられている化学物質である. 可塑性プラスチックは, 住宅内装材, 食品包装材あるいは様々な医療用具などに用いられており, ヒトにおける DEHP の1日許容摂取量は 40〜140 _g/kg とされている. DEHP の生殖毒性および神経行動学的毒性を実験的に調べるために, 雌雄マウス (F0 世代) に対して DEHP を0% (対照群), 0.01%, 0.03%および0.09%の割合で混合した餌を5週齢から給与し, 30日を経過した後, 9週齢に同じ濃度の DEHP 給餌を受けている雌雄同士を5日間を限度として同居させ交配させた. 妊娠した雌は自然分娩させ, そのまま出生児 (F1 世代) が4週齢になるまで哺育させた.
 DEHP 投与は, 一腹当たりの産児数, 一腹の体重および出生日における性比には影響を及ぼさなかった. 行動発達検査では, 生後4日および生後7日における検査で正向反射が遅延し, この変化には軽度な濃度依存性が認められた. DEHP は, 雄出生児に対して哺育期間初期における正向反射などの協調運動の発達に影響を及ぼすと考えられる. しかし, その他の行動発達検査, 探索行動, 水迷路学習能力には DEHP 投与の影響は認められなかった. これらのことから, 著者は, 今回採用した濃度の DEHP は, マウスの生殖および神経行動にほとんど影響を及ぼさない用量であると結論している.

Tanaka T
(東京都立衛生研究所, 毒性部, 東京)



糖尿病は大気汚染による健康被害を悪化するか?
Cardiovascular damage by airborne particles: Are diabetics more susceptible?

Key Words : 大気汚染粒子/糖尿病/階層モデル/心血管系疾患

Epidemiology 13: 588-592 (2002)

 多くの研究から大気中の粒子状浮遊物質 (particulate matter; PM) が, ヒトの健康に影響を与えることが明らかとなり, この影響がガス成分, 季節および天候により, 影響されないことも明らかとなっている. 一方, どのような集団の人々が10ミクロン以下の PM (PM10) の有害作用に感受性があるかは不明である. 最近の研究によると, 大気汚染粒子への曝露は心拍数の変動の低下, c-反応性タンパクの増加, 末梢白血球数の増加との関連がある. 糖尿病は同様な心血管系障害の危険因子の増大を特徴とする慢性疾患であり, PM10 による心血管系異常の高リスク群ではないかと仮説をたてた. 糖尿病の大気汚染による健康被害のリスク増加については全死因死亡率が非糖尿病群と比べて高いという報告があるが, 著者らは以前に, シカゴの65歳以上患者では大気汚染によって心臓疾患による入院は増加するが肺疾患では影響しないことを報告している. 本報告では米国の4都市の65歳以上の患者を対象とし, 病歴と年齢による階層モデルにより糖尿病が大気汚染粒子による健康被害にどのように影響するかについて検討している.
 調査対象都市としては PM10 のモニタリングがよく行われている Cook 郡 (Chicago), Wayne 郡 (Detroit), Allegheny 郡 (Pittsburgh) および King 郡 (Seattle) を選択した. 各都市について入院履歴から退院時診断名に基づいて心血管系疾患による入院患者数を計算し, 糖尿病の有無から階層化した. さらに, 年齢 (65歳から75歳未満またはそれ以上) と糖尿病歴から各日の患者を4階層に分けた. 入院患者数と PM10 濃度との相関については, 一般化した頑健ポアソン回帰モデルを用いて評価した. 次に, 4つの都市における糖尿病による影響については, メタ回帰モデルを用いて評価した.
 その結果, 糖尿病は PM10 感受性に影響し, 入院数は非糖尿病の2倍になった. 年齢が75歳以上になると糖尿病の影響は少なくなるようで, 単独の因子の影響と比較して, 2つの因子を併せもった患者で大気汚染粒子の増加に起因する心血管系疾患入院数は単独因子の和よりも低くなった.

Zanobetti A, Schwartz J
(Harvard 大学 公衆衛生学部 環境衛生学 環境疫学プログラム, Boston, MA, USA)



PM2.5と1日の死亡数の統計学的関係
The concentration-response relation between PM2.5 and daily deaths

Key Words : メタアナリシス/死亡率/大気汚染粒子/平滑化/時系列/交通

Environmental Health Perspective 110: 1025-1029 (2002)

 過去10年間, 一連の研究で大気中浮遊粒子濃度と1日の死亡数の関連が報告されてきた. これらの研究による回帰係数から, 米国で浮遊粒子によって年間50〜100,000件の死亡を早めたと算定される. 欧州の研究でも同様である. また, 最近の研究で, 死亡数は, 粗い粒子 (直径 2.5〜10 _m; PM2.5-10) ではなく, 微細粒子 (直径 ≤ 2.5 _m; PM2.5) と関連があることが示され, PM2.5 の2日間の平均濃度が 10 _m/m3 上昇すると, 1日の死亡数が1.5%増加するとされた. これらの粒子の発生源は,交通機関排ガス, 石炭および燃料油の燃焼により発生する粒子のほかに, 微細粉末化した道路の粉塵, 土壌も含まれている. このうち, 排ガス, 石炭, 蒸留残油の燃焼による粒子に死亡率増加との相関が認められた. ただし, これらの研究は, 濃度−反応 (1日の死亡数) や粒子成分−反応が直線関係であると前提していた.
 この濃度−反応関係の前提は, 公衆衛生調査において重要であり, 近年, 濃度−反応の形, 特に低濃度時の形が注目されており, 閾値の存在が推測されている. 最近の3報の論文では, 直径が 10 _m 以下の粒子 (PM10) は, 閾値無しに1日の死亡数と関連があると報告している. これらの結果で濃度−反応が線型関係であったのは, 個々の都市のデータを回帰スプライン法またはノンパラメトリック平滑化を用い濃度−反応曲線を描き, 複数の都市の結果を併せたためと推測される. また, PM10 に含まれる PM2.5 については, これらの研究では考慮されていなかった. そこで, 1979年〜1980年代後半の米国6都市での PM2.5 の大気中濃度と1日の死亡数の曲線関係を調査した.
 各都市の1日の死亡数と発生源別の微細粒子濃度の関係を, 季節と天候, 曜日で調整する平滑化関数を含むポアソン回帰法で分析した. 次に各都市や微細粒子発生源の不均一性を考慮した階層的手法で各都市の濃度−反応曲線を融合した. その結果, 死亡数と PM2.5 濃度の閾値無しの直線関係が認められた. また, 微細粒子発生源別でも, 濃度−反応関係は直線的で閾値は認められなかった.
 これらの結果は, 前述の PM10 を測定した調査と同様の結果であり, 濃度−反応関係が低濃度の時も成立することを示した. これは, 交通排ガスが発生源の PM2.5 濃度が 1 _g/m3 増加した場合, 年間7,000人の死亡を早める可能性を示唆している.

Schwartz J1,2,3, Laden F1,3, Zanobetti A1
(Harvard 大学 1 公衆衛生学部 環境衛生学 環境疫学プログラム, 2 公衆衛生学部 環境衛生学, 3 Bringham and Women's 病院 Channing 実験室および医学部 医学科, Boston, MA, USA)



大音響を聞きながらの覚醒アミン (エクスタシー) 乱用が心臓微細構造の劇的変化を誘発する
Ecstasy during loud noise exposure induces dramatic ultrastructural changes in the heart

Key Words : 3,4-Methylenedioxymethamphetamine (MDMA)/大音響/心臓/エクスタシー

Pharmacology and Toxicology 91: 29-33 (2002)

 3,4-Methylenedioxymethamphetamine (MDMA, エクスタシー) は, 若者の間で乱用が始まっているアンフェタミン誘導体であり, 最近その毒性が注目されている. とくに自己投与早期に現れる激しい毒性により, 劇的な予期しない病変で突然死に到ると考えられている. 死亡例の剖検所見は, 心筋を含む横紋筋融解 (筋細胞融解) である. MDMA を乱用している人は, 頻脈, 高血圧および不整脈を患っていることが多い. MDMA の神経毒性については多くの研究が行われているが, 心血管系への影響についての研究は報告されていない. 著者らは, MDMA の乱用時と同様の環境を再現するため, MDMA をマウスに反復投与し, これに大音響を聞かせて影響を調べた. MDMA は, 大音響の中で乱用されることが多いからである. 騒音ストレスでラット心筋に変化が起るとの報告もある. MDMA の用量は, 心筋の微細な変化を観察するために低用量 (20 mg/kg) を選定し, 2時間おきに3回腹腔内に投与し, ケージの両側 40 cm から 15 W のスピーカーを通して 100 dBA の白色雑音 (0〜26 KHz) を6時間聞かせた. (これは, ディスコテックでの騒音レベルに相当する.) これらの処置終了時にエーテル麻酔下にマウス心筋を潅流固定し電子顕微鏡で心筋細胞における超微細構造変化を調べた.
 組織検査の結果, 光学顕微鏡レベルでは心筋の有意な形態変化は, どの群でも認められず, とくに心筋細胞には全く変化が認められなかった. これは, MDMA により中毒死したヒトの剖検では心筋細胞溶解がしばしばみられるという事実や他の研究結果と異なっているが, 形態変化を起こすには本実験での投与量が低過ぎたためと考えられる. 微細構造レベルでは, MDMA のみあるいは大音響のみ処置したマウスでは, 対照マウスと比較して, 軽度の心房・心室筋変性が認められた. これに対して, MDMA 投与および大音響の複合曝露では, 劇的な影響があり, 心筋の微細構造の変化, 特にミトコンドリアのクリステの乱れ, 基質の電子密度の減少がみられた. ミトコンドリアの損傷レベルを, 異常ミトコンドリア頻度で評価すると, MDMA 投与のみまたは大音響のみでも, 対照群と比べミトコンドリアの損傷が認められた.
 これらの影響は, 他の研究者が示しているように, MDMA 投与あるいは大音響曝露時のノルアドレナリン放出量の増加とそれに続くミトコンドリアへのカルシウム流入によると推測される. 本研究で, MDMA と大音響の同時曝露の相乗効果を動物モデルで心筋で起こる微細構造の変化として検出することができた.

Gesi M1, Soldani P1, Lenzi P1, Ferrucci M1, Giusiani A2, Fornai F1, Paparelli A1
(Pisa 大学 1 人間形態学・応用生物学部, 2 公衆衛生学部, Italy)



喫煙による肺高血圧症の原因は,肺動脈における急速な遺伝子変化である
Cigarette smoke induces rapid changes in gene expression in pulmonary arteries

Key Words : 喫煙/肺高血圧症/肺動脈/遺伝子変化

Laboratory Investigation 82: 1391-1398 (2002)

 喫煙者の約6%に肺高血圧症が発生する. その成因として, 肺気腫による血管床の減少をあげる説があるが, たばこ煙の血管に対する直接作用であるとも考えられる. 本報においては, SD 系ラットに強制喫煙させ,喫煙開始2時間ならびに24時間後主肺動脈およびその分枝, 気管ならびに気管支の収縮に関係する物質の RNA を RT-PCR で測定している. その結果, 誘導型一酸化窒素合成酵素 (NOS-2) や内皮の構成型 NOS (NOS-3), 血管内皮増殖因子 (VEGF) 関連遺伝子とその flk-1 受容体 (VEGF-R), 血管収縮因子であるエンドセリン (ET) をそれぞれコードすると考えられる RNA の発現増加がみられている. 一酸化窒素は血管拡張に重要な役割を果たしていることから, 喫煙が肺動脈の収縮に直接的な役割を果たしていると推測される. また, 酸素欠乏, 血栓やモノクロタリン投与等による肺高血圧症に伴う血管のリモデリングを ET 受容体拮抗薬が阻害することも明らかになっている. さらに ET は, 肺動脈平滑筋の DNA 合成を刺激することが知られており, 肺高血圧症患者では, 肺実質における ET 受容体密度が上昇することも明らかになっている. 著者らはモルモットに4か月以上反復喫煙させ測定した結果, ET は急性期と同様の状況を示すこと, ならびに喫煙者や肺高血圧症患者においては循環血中 ET 量も増加する事を認めており, ET の増加が気道ならびに血管の両者における喫煙の直接作用であることが示唆される.
 本研究は急性期の観察であるが, 長期にわたる喫煙が肺動脈における一酸化窒素に対する反応性を低下させ, それが患者でみられる内皮依存性血管弛緩反応の低下と関係するようだ.
 本研究においてはさらに, 喫煙による VEGF やその受容体である flk-1 の上昇が認められている. VEGF や flk-1 は, 血管リモデリングに重要な役割を果たすことから, これらも肺高血圧症の発症に大きな役割を果たすと考えられる. 実際には種々の病因による肺高血圧症において肺血管中層筋における VEGF の上昇が認められており, 夜間高血圧症患者においては血中濃度の増加が認められている. VEGF には, 血管内皮からの一酸化窒素のリリースを増加させる作用があり, VEGF とその受容体は一酸化窒素による血管新生を促しているようだ.
 本報告においては喫煙による急性期の遺伝子変化を捉えている. しかし, これが直に慢性的変化に結びつく訳ではないことは, 著者らも記載している通りである. In vivo での喫煙による急性期の変化としては呼吸抵抗の上昇や流量の異常等が認められるが, これが肺動脈圧の変化を起こすことはない. 肺高血圧モデルの作製にはいずれの方法によっても長期間を必要とする. 肺高血圧症の発生には肺動脈血管筋の増殖と血管ダイナミクスの変化が序々に血管床に変化を与えていることを示唆している.

Wright JL, Tai H, Dai J, Churg A
(British Columbia 大学, 病理学科, Vancouver, British Columbia, Canada)



漢方薬の毒性:歴史から判ること
Toxicity of the Chinese herb Mu Tong (Aristolochia manshuriensis). What history tells us

Key Words : 漢方薬/モクツウ/副作用

Adverse Drug Reactions and Toxicological Reviews 21: 171-177 (2002)

代替医療薬, 健康補助薬として漢方薬は西欧でも人気上昇中である. 副作用がないというのが注目を集めている大きな理由である. 中国の生薬は一般に多世紀にわたる経験によって安全性が確立されているが, 時に副作用が発生している. Mu Tong (木通:モクツウ) による腎障害がベルギー, フランス, 日本, 英国, ドイツで報告されている. Mu Tong は中国産薬草 Aristolochia manshuriensis (ウマノスズクサ) を主成分としている.
 AD 220年ごろに出された Shen Nong Ben Cao Jing (「神農本草経」) では, 薬草を上中下に分類し, 下位のものほど有害な作用を起こすことが多いことを示している. その方式は現代の中国薬局方にも受け継がれ, 毒性の強弱による薬草の分類が示されている.
 Mu Tong は漢方の記載では, 毒性の強いものとはされていないが, 西欧にもたらされるとまもなく腎障害が多発した. 歴史的に見ると, かつての Mu Tong は現代のものと異なり, 少なくとも17世紀には Akebia (アケビ:蔓の部分を輪切りにしたものを日本薬局方モクツウとする) が用いられてきたが, 後に Clematis が, さらに1950年以降 Aristolochia が用いられるようになった. Clematis armendii や Akebia quinata のアルコール抽出物はマウスに最大可能量を投与しても毒性は現れなかった. Ariastolochia manshuriensis の抽出物はマウスに毒性を発現し, 経口 LD50 は 15.5 ± 0.6 g/kg (原料換算か) であった.
 中国薬局方の次の版からは Mu Tong はAkebia に代わる予定である. (長い経験による安全性というのは, 完全とはいえず, このような事例もある.)

Zhu Y-P
(Groningen 大学 Hwa To 中国医薬センター, Groningen, The Netherlands)



遺伝子組換えによるヒトリゾチームのイネへの発現
Expression of natural antimicrobial human lysozyme in rice grains

Key Words : 人工乳/天然抗菌物質/栄養補給食品/組換えヒトリゾチーム/組換えイネ

Molecular Breeding 10: 83-94 (2002)

 母乳栄養児は人工栄養児に比べて下痢や上気道感染症の発症率が少なく, 感染した場合でも回復が早いことが DARLING study (デイビス地区乳児栄養成長調査1991〜93) などで知られており, 小児科医は新生児を母乳で育てることを推奨している. 母乳は天然抗菌物質であるリゾチームやラクトフェリン, 分泌型 IgA などの新生児を疾病から守る様々なタンパク質を含む. このため人工乳を用いる場合は, リゾチームなどの母乳蛋白質を補うとよいと考えられる. しかし, 母乳から精製されるヒトリゾチームは供給量に限りがあり, 報告されている微生物応用ヒトリゾチーム組換え体は発現量が極めて少なく, 母乳中での高濃度リゾチーム量の要求には十分ではない. 筆者らは種子の蛋白質含量が高く, 種子貯蔵蛋白質が胚乳に特異的に発現し, 種子の機能を失うことなく長期間保存でき, 種子貯蔵蛋白質グルテリンのプロモーターの配列が既知であるイネに, ヒトリゾチーム遺伝子を導入することを試みた. また, コメはアレルギー性も低く乳児にも広く与えられているので, 人工乳や離乳食にヒトリゾチームを発現したコメ抽出物をそのまま使用できる利点もある.
 導入 DNA はイネのグルテリン1のプロモーターおよびシグナルペプチド配列, GC 含量を増やすコドン改変をおこなったヒトリゾチーム遺伝子, nos ターミネーターで, パーティクルガン法によって宿主のイネ (Taipei 309) に移入した. 穀粒が得られたR0の33の組換え体の胚乳抽出物についてヒトリゾチームの発現を SDS 電気泳動後, クマシー染色とヒトリゾチーム抗体を用いたウェスタンブロットおよび比濁法で確認し, 発現レベルの高い系統について, 自己交配により分離分析を行った. その結果, R1の分離比はメンデルタイプの3:1となり, 単一または近接した遺伝子座への挿入が起こったものと考えられた. さらにR1からR2を作成してリゾチーム活性を測定し, 挿入遺伝子をホモで保有する種子を選別した. これらを2から4世代にわたって栽培し, 栽培上の特性や, ヒトリゾチームの発現が維持されているかについて検討した. その結果, ヒトリゾチームの発現量は一定しており, 最も発現量の多かった系統では玄米重量の0.6%, 可溶性蛋白質の45%であった. また, サザンブロットによる分析の結果, 挿入コピー数は1から6と推定されたが, 発現量とコピー数の間には相関は認められなかった. 組換えヒトリゾチームを精製し, ヒトリゾチームと各種性質を比較したところ, アミノ酸のN末端配列, 分子量, 等電点, 熱安定性, pH 安定性および大腸菌に対する殺菌作用のいずれにも差は認められなかった.
 今回グルテリン1のプロモーターおよびシグナルペプチド配列, コドン改変をおこなったヒトリゾチーム遺伝子を使用することによりイネにリゾチームを高濃度に発現できたことから, イネを蛋白質工場として母乳蛋白質を生産することへの道が拓かれた. 現在他の母乳蛋白質の組換え体についても開発中であり, これらを添加することにより, 人工乳やベビーフードの医学的, 栄養学的価値が高まるものと考える.

Huang J1, Nandi S1, Wu L1, Yalda D1, Bartley G1,4, Rodriguez R2, Lonnerdal B3, Huang N1
(1 Ventria Bioscience, Sacramento, 2 州立 California 大学, 分子細胞セクション, Davis, 3 州立California 大学, 栄養学科, Davis, 4 米国農務省, Albany, CA, USA)



ヘリコバクターピロリ胃感染を促進していると考えられる二つの化学受容体
Two predicted chemoreceptors of Helicobacter pylori promote stomach infection

Key Words : ヘリコバクターピロリ/走化性/定着/化学受容体/tlpA/tlpC

Infection and Immunity 70: 5877-5881 (2002)

 多くの病原性バクテリアは鞭毛によって移動が可能であるが, 宿主である動物の中で鞭毛がどのように機能しているかについては, まだほとんど知られていない. 一般にバクテリアは, 適した環境に移動するために鞭毛運動を利用すると考えられており, そのことを走化性という. ヘリコバクターピロリ (HP) が胃に感染すると, 慢性胃炎, 胃・十二指腸潰瘍, 胃腺癌, 胃 MALT リンパ腫の要因となることが知られているが, HP に感染している人は, 世界の人口の約50%に及ぶと考えられているにもかかわらず, これら疾患に罹る人はその中のごく僅かである.
 今までに鞭毛運動を含め, HP が動物に感染する際に関係する因子について多くのことが明らかにされた. HP は, 通常, 菌端に5本の鞭毛を持ち, 変異による鞭毛の欠損や運動能力の欠失で感染能力が低下する. 鞭毛を持ったバクテリアの多くは, アミノ酸や pH などの環境条件を認識して遊泳する. このことは, 大腸菌でよく調べられており CheA キナーゼ, CheW 結合タンパクおよび鞭毛運動レギュレータ CheY などから成るキナーゼカスケードを調節する膜内貫通形化学受容体タンパクが最初に環境を感知する. その情報に基づいて鞭毛の回転が変わり, バクテリアが環境に反応する. HP でも大腸菌と同じように CheA, CheW および CheA-CheY ハイブリッドを含む走化性タンパクが存在することから, この2つのバクテリアの走化性に関する情報伝達経路は類似していると考えられる. その証拠に, HP のcheA, cheW および cheY 遺伝子欠損株は, in vitro における走化性反応が減弱し, かつ cheA または cheY 遺伝子変異株はマウス胃に感染できない. HP がマウス胃に定着するためには走化性は必須であるが, in vivo での標的や化学受容体が何であるのかは, 明らかになっていない. そこで HP のゲノムを調べた結果, 4つの遺伝子が化学受容体をコードしていると考えられ, これらは CheW に反応する領域に存在していることが明らかになった. そこでまず, HP の走化性が in vivo でどのように制御されているかを調べるため, TlpA および TlpC の2つの化学受容体欠損株を作製し, その行動を解析した. 本研究には, ヒトから分離した type I の G27, SPM342f および SS1 株を用いた.
 野生株の SS1 と SS1 _tlpA::cat または _tlpC::cat のほぼ同量を混合したものをマウスに感染させ, 2週間後の定着率を調べた結果, tlpA では52倍, tlpC では25倍野生株と比較して劣っていたが, それを in vitro で培養した結果, 48時間後の野生株と変異株の比は変わらなかった. このことは, TlpA および TlpC はいずれも in vivo における競合には有利に働くが, in vitro 条件下での成長, 運動性または走化性には影響を与えないことを示している. 一方, cheY 変異株と野生株の混合菌を同様にマウスの胃に感染させると13日後には cheY 破壊株は認められなくなるが, in vitro における成長率では野生株との間に差は認められなかった. このことから, cheY の欠損は, in vitro における成長には影響を及ぼさないが, in vivo 条件下では必須の機能であるといえる.
 tlpA および tlpC にエンコードされる遺伝子産物欠損の HP 破壊株は, 野生株と比較して in vitro 条件下では成長や走化性には差は認められなかったものの, 胃への定着は劣っていたことから, tlpA および tlpC はマウス胃の環境状態を感知し, 定着するのに重要な走化性を指揮している化学受容体をエンコードしていると推定できる.

Andermann TM, Chen Y-T, Ottemann KM
(州立 California 大学 Santa Cruz 校, 環境毒性学科, 分子・細胞・発生生物学科, Santa Cruz, CA, USA)



先史時代のヒトと家畜の骨中カドミウムおよび鉛
Bone cadmium and lead in prehistoric inhabitants and domestic animals from Gran Canaria

Key Words : 骨中カドミウム/骨中鉛/古代人の骨/カナリア諸島/腎毒性

The Science of the Total Environment 301: 97-103 (2003)

 重金属による環境汚染は産業時代の産物と考えられてきた. 1900年以降, 米国ではカドミウムの使用量が10年ごとに倍増したとされ, また, 1980年の報告で米国の住民は先史時代の100倍に相当する量である 29,000 ng/日の鉛を摂取しているという. 自動車排気が主要な鉛の汚染源で, 当時大都市の大気中鉛は 500〜10,000 ng/m3 程度であった. その後燃料への鉛添加の禁止, 缶詰の鉛熔封禁止等の措置により, 骨中鉛は減少してきていることが認められている. 一方, 骨中カドミウムは増加しており, その原因としてタバコ喫煙と産業活動 (防錆加工, 乾電池, ガラス-陶器着色, 写真等) の影響が考えられている. 著者らが先に行った調査で, Canaria 諸島 Gran Canaria 島で発掘された古代住民の骨中にも現代人よりははるかに低いが, 鉛とカドミウムが検出された. 天然環境からの汚染のほかに, 陶器製造も行われていたし, 喫煙等の習慣があったとすれば, そうした影響も考えられる. その関与の評価には, 家畜の骨を調べると参考になる.
 対象としたのは Gran Canaria 島先住民で, 前ヒスパニア時代の墓地から発掘され, 同島 Las Palmas の博物館に保管されている16体 (男10, 女6) である. その脛骨上部から試料を採取した. 個々の遺体の生活年代は不明であるが, 発掘場所の地層は1405〜1213年前のものと推定され, 死亡年齢は53歳以下と考えられている. 同じ場所から出土した羊, 山羊, 豚の骨24試料, 現代のヒト骨試料8例 (膝の手術例から採取した), 家畜骨試料13例 (Gran Canaria 島高地で放牧のもの) について検査した.
骨カドミウムは現代人では 516±352 _g/kg と古代人の 85±128 _g/kg の約6倍, 骨鉛も現代人では約7倍であった. 先史時代のヒトと家畜の骨カドミウムはほぼ同じで, 骨鉛は現代人 30.53±14.62 mg/kg, 古代人 4.06±4.63 mg/kg で, 家畜はさらに低かった.
 ここで測定された Gran Canaria 古代人の骨鉛値は, 他の地域の例に比べると高い. 古代 Nubia 人骨鉛は 0.4〜1.5 mg/kg, 古代 Peru 人 0.11〜2.7 mg/kg, コロンブス以前の米国南西部先住民 0.04〜1.87 mg/kg, Greenland 古代人 0.39〜0.95 mg/kg と報告されている. (時代的には本調査の対象よりかなり古い.) Gran Canaria には鉛鉱山はなく, 土壌の鉛濃度も低い. そこで, ローマ時代に盛んだった南スペインの銀と鉛の採鉱による汚染大気が北東貿易風によって運ばれてきたのではないかと想像している. 家畜の骨の鉛が高くない点はそれらが数歳で屠殺されてしまい, 骨に鉛が蓄積する時間がなかったためであろうと解釈した.

González-Reimers E1, Velasco-Vázques J2, Arnay-de-la-Rosa M3, Alberto-Barroso V3, Galindo-Martín L4, Santolaria-Fernández F1
(1 大学病院 内科, Tenerife, Canary Islands, 2 Valladolid 大学, Valladolid; La Laguna 大学 3 先史人類学 古代史学教室, 4 分析化学教室, Tenerife, Canary Islands, Spain)



歯科治療用金合金と接触アレルギー
Dental gold alloys and contact allergy

Key Words : 接触アレルギー/歯科用金/金合金/苔癬様反応/口内炎

Contact Dermatitis 47: 63-66 (2002)

 金に起因するアレルギーは, 金が溶出してイオン化したものが繰り返し皮膚または粘膜を透過することによって感作および誘発されるT細胞を介した接触性アレルギー反応である. 歯科治療用に使用する金合金の成分は ISO 規格によって規制されており, 金は通常の条件下では極めて溶解し難い金属である. しかし, 他の金属と合金を形成していたり, アマルガムなどの他の金属が隣接していたり, 高い pH, 酸化環境, アミノ酸で特にイオウを含んだ物質によって, 金の溶解およびイオン化が促進される.
 皮膚の湿疹や苔癬様反応やさまざまな口腔内の炎症が, 金によるアレルギー反応かどうかを診断するためには, パッチテストで確認する必要がある. その判定材料には, 今までは金箔または3価の金塩化物が使用されていたが, 現在ではその代わりに1価の金チオ硫酸ナトリウム (GSTS) をワセリンに0.5〜2.0%含ませたものが推奨されている. ただし, この反応は遅延する傾向があり, 貼付後3日目の判定だけでなくむしろ貼付後7日の判定が有用である. その他の判定法としては, 生理食塩液に 55 mM の GSTS を皮内投与する方法や, in vitro によるリンパ球幼若化試験などがある.
 2001年に当院で行ったパッチテストの結果では, 15%の患者に金に対するアレルギー反応が認められた. しかし, ニッケルアレルギーに比してはるかに低率であった. また, 歯科医で手に湿疹が認められた患者のうち9%が金による接触性アレルギーであったが, 他の湿疹患者より高いことはなかった. また, 耳ピアスや金の装飾品が原因でアレルギーを起こすことも知られている. 皮膚の湿疹や口腔内のさまざまな炎症の原因が金によるものであったとする症例報告が多数存在するが, 正確な診断に基づいた報告は少ない. なお, 最近の研究では, 唾液中に遊離した金の存在が認められたこと, 金の血中濃度と歯に用いる金の量との間の関連性からみて, 遊離した金が循環系に溶け出していると考えられるとの報告がある. さらに, 口腔内の金の総表面積とアレルギーとの間に量的相関があり, 金の口腔内の量が増えるほど金に対するアレルギーのリスクが高まることが指摘された.
 金を用いて治療した近傍の局所における口内炎等の炎症が認められ, さらに, GSTS テストにおいて陽性と判定された患者では, 金を有害性の認められていない他の不活性金属に置き換えることによって口腔内発熱疾患, 湿疹, 苔癬様反応等の改善や治癒が認められていることから, これは有効な治療法である. 以上のことから, 皮膚の湿疹や口腔内の炎症が金によるアレルギー反応であるかどうかの診断には, GSTS を用いたパッチテストが最適である.

Möller H
(Lund 大学, Malmö 大学病院, 皮膚科, Sweden)